古诗: 清(qīng)明(míng)

清明 杜牧

清(qīng) 明(míng) 时(shí) 节(jié) 雨(yǔ) 纷(fēn) 纷(fēn) 清明の時節 雨 紛々

路(lù) 上(shang) 行(xíng) 人(rén) 欲(yù) 断(duàn) 魂(hún) 路上の行人 魂を断たんと欲す

借(jiè) 问(wèn) 酒(jiǔ) 家(jiā) 何(hé) 处(chù) 有(yǒu) 借問す酒家 何れの処にかある

牧(mù) 童(tóng) 遥(yáo) 指(zhǐ) 杏(xìng) 花(huā) 村(cūn) 牧童遙かに指さす杏花の村


解釈:
杜牧の時代も、清明の時節は雨粉粉。
路上の行人と言うのは自分のこと。

雨がしとしと降って気が滅入るなあ、気晴しに酒でも飲みたいなぁ、
どこかに酒家がないかと思って見ると、向こうの方から牧童が来る。

牧童は牛を連れて来る子供の事ですが、実は牧童と言うのがこの詩の一つの鍵なのです。
中国の詩の世界では、俗世間に対して超俗世間がある。
この超俗世界の人が三種類あって、そのうちの一つが牧童です、あと二つは木樵りと漁父。

ですから、ここで牧童が出て来たと言うことは、詩の舞台が俗世間ではない。
牧童遙かに指す杏花の村。そこには、他の杜牧の詩にも出て来る酒旗、酒屋ののぼり、酒帘とも言うし、
青い色をしているから青帘とも言う。

それが雨にそぼぬれて見える。こう言う図だと思います。

牧童は、答えてあっちだよと、青い旗と杏の花は白くて小さい花ですけど、合せて彩りになっている。
杏の花は脇役です。

主役は牧童なんです。牧童の遊ぶ世界で、そこに自ずから超俗の世界が浮上って来る。